ありがちに恋を始める方法

「授業だりぃよ全っ然身に入んねえ。赤也が借りてる漫画の続き忘れやがったから続きが気になって仕方なくてさ。俺はちゃんとあいつに貸す分持ってきたんだぜ? ほんとあいつ、ああいうとこ、どうしようもねえよなあ。こないだもーー」
丸井はよく喋る。驚くほどよく喋る。昨日のテレビがどうした何組の誰々が誰々と付き合ってる新製品のガムは味の持ちが足りない云々。右から左へ抜けていく中身のない音の羅列は、雑多な会話の飛び交う教室に溶けてしまいそうだ。
「あーっ、てか午後数学だっけ。仁王予習やった?」
「やると思うか?」
「……あ?」
ふと、一時停止のスイッチを押したように、お喋りが止んだ。不思議に思って仁王は丸井を見た。ただでさえ大きな目が丸く見開かれている。
「どした?」
「話聞いてたんだ」
ぽつりとそう零し、また何事もなかったかのように丸井の舌は回り出した。機械的な再生スイッチ、よりもレコードに針を落とすように。
失礼なんだかなんなんだか、と仁王は小さく溜息を吐く。聞いていたのかと問われても、ほとんどはノーだ。ただ自分の名前が聞こえて、疑問符を拾ったから、答えたみた、それだけのこと。
そういえば、丸井は例えば真田のように「人の話を聞いてるのか」なんて憤ったりしない。ただ一方的に、押しつけも求めもしないで、誰のためでもない話を空虚に続ける。そこにいるのが仁王である必要なんて全くない。
一度そう思い当たってしまうと、なんだか面白くなくて、流れるようにすり抜けていた丸井の声がやけに疎ましくなる。うるさい。ぱくぱくと忙しない口の動きが目障りだ。
もっと目の前の相手を尊重したっていいんじゃないのか。だいたい他人の空虚なお喋りに無償で付き合ってやるほどいい人じゃないんだ、俺は。
仁王の思考など一切気付かずくるくると話題を変える丸井の口を、好物の菓子でも突っ込んでやるか、別の話題で逸らしてやるか、あれこれ考えるうちに面倒くさくなった。
「あ、そういえばお前知ってる? 今度幸村くんが……」
後頭部の赤い髪を引っつかんだ。ぐっと力を入れて動かないように。またしても面積を広げる眼球なんて知ったことか。身を乗り出して唇を重ねたら、柔らかな質感と、甘い香りを感じた。クラスの女子から悲鳴とも歓声ともつかない黄色い声が上がる。
元の通り、後ろに向けた椅子に戻ると、目の前に口を真一文字に結んだ丸井がいた。見開かれた瞳は真っ直ぐに仁王を見つめ、二度瞬きした後、再び口を開いた。小さな声だった。
「……なにしてんの、お前」
「うるさいけえ」
「んだよ、それ」
わけわかんねえ、ほんと、お前って。その頬が薄い朱に染まっているのを見て、仁王の心のどこかで何かが音を立てた。ーーやばい、癖になるかも。俯きがちに目を反らす丸井には、仁王の頬の色が見えなかった。

2015.12.21