お題「金木犀」「雨」「毒」
香りや色のきつい草花には大抵毒があるもんや、毒草が好きなどという変わった趣味の持ち主がいつか言っていた。だから秋が来るたびどうしてかノスタルジーな気分を呼び覚ますこの香りにも毒があると信じて疑わなかった。
「金木犀? ゼロではないけど、毒草っちゅう分類ではないなあ」
それなのに、力説していた本人がそう言うものだから脱力してしまった。
「そうなんだ。質が悪いね」
なんとなしに感想を口にしただけだったけれど、ペットのカブトムシに向けられていたはずの視線がぎょっとした表情と共にこっちを向いたものだから、自分で思っていたよりも感情が乗ってしまったことに気がついた。
「どないしたん不二クン。金木犀嫌いなん?」
「別に」
「フフ、虫の居所が悪いみたいだね」
白石へ返答した瞬間、今度は幸村が水を向けてくる。つまり話題選びを失敗したらしい。気付いたところで後の祭りだ。
「ボクたちはテニスプレイヤーなんだ。この天候で気分が優れなくなるのも自然なことだと思わないかい?」
尤もらしい理由をつけて、窓辺に立って彼らに背を向ける。朝から止まない雨が水滴を作り、それらが集まって幾筋もの流れを作っている。
「天気の所為にするのはよくないな。室内トレーニングが退屈であることは認めるけどね」
気配と、窓ガラスに映った姿とで幸村が隣へ来たことを知る。拒絶を示したつもりだったけれど、通用しない相手だということは一応織り込み済みだ。
「金木犀に嫌な思い出でも?」
「幸村のそういう遠慮のないところ、嫌いじゃないよ」
「そう。それはよかった」
嫌な思い出。たぶんそう分類されるものなのだろう。けれど、思い出と呼ぶにはまだ鮮明にすぎる。
「キミにはないのかい? 嫌な記憶と一緒の、匂いとか、季節とか」
「もちろんあるさ」
きっぱりと幸村は言った。それ以上言葉が続く気配はない。聞けば教えてくれるのだろうけれど、もとより他人にあまり興味はなかった。
「ボクは、もしかすると生きていくに従ってどんどんそういうものが増えていくんじゃないかと思ってる」
「ああ、まったくもって同感だね」
止む気配のない雨脚に、そういえばこれもそうかもしれないと思った。あれはまだ夏になる前だった。突然降り出した雨の下、傘もささないで、ボクは彼が自分とは違う人間だということを思い知った。糾弾に近い声に向き直ることができず、背中越しに会話をした、あれからボクは雨が嫌いだ。
あまりにも存在が大きくて抱えきれそうにない。天候ひとつ、花の香りひとつが、たったひとりの人間と結びついて、少しずつ息が詰まっていく。こんなはずではなかった。
「……やっぱり毒だよ」
「何が?」
「金木犀。遅効性の毒さ」
これから先ずっと、季節が回るたび、あの香りは彼の背中を思い起こさせるのだろう。この痛みさえ愛しいだなんて、そう言えば彼は笑うだろうか。