即興小説ログ「ガラスの十代」※お題:頭の中の殺人犯
鼓動と同じ速さで伝わる鈍痛にはいつまで経っても慣れやしない。そいつはドクドクと遠慮なく眼窩の奥を打ち鳴らして容赦なく思考を停止させる。窓の表面に伝う雨垂れが水の膜を作って息が苦しい。雨の日はいつもこうだ、嫌になる。
雨なんて昔から好きではなかった。濡れると冷たいし傘は邪魔だし湿気で髪は爆発するし。好きなのは突き抜ける高い蒼い空とかいついつまでも流れてゆく雲とか、あるいは雨上がりの虹とかそういうもの。だった。多分。
皮肉な話、俺が空を見ながら歩くようになったのはそれらの景色を正しく認識しなくなってからのことである。それまでは見て面白いと思えるものがそれなりにあったように思う。優越感や万能感や脳内麻薬に直結するような下らない人間臭い光景も存外嫌いではなかった。下も、上も、女も、男も、ありとあらゆる俗っぽいものが急速に白黒映画のように味気ないものになって、クラシックもジャズもロックも何も響かなくなってただ風の流れる音それだけでいいと思うようになった。ガラス球の義眼に成り果てた使えない眼球は寂しがりやなのか他のいくつかの感覚も連れて行ってしまったらしい。たぶん死んだんだろう。人としての美しさも愚かしさも彩る何か大切なものが、右目と一緒に。
誰が殺したか。思い出したくもない。思い出すという行為はまず忘却の前提がなければならないだろう。忘れるはずがない。だから思い出したくもない。
「なあ千歳、起きや」
いつの間にか眠っていた。らしい。目を開いても閉じても脈打つ目の奥で、上映されるのはいつだって金の髪、それだけで、だからいつの間にか開いた目に明るいけれど少し色味の違う髪を見つけて一瞬だけ鈍い痛みを忘れた。
「大丈夫か? うなされとったけど」
「……夢、見とった」
「どんな?」
ああこいつは誰だったっけ。これは、きれいな人間だ。何も知らない人間だ。
「昔の。死んだ俺の夢」
「へえ、死んどったんか、自分」
彼は子供にするようにして掌を優しく俺の頬に滑らせたからとても腹が立った。失ったことのないようなお前は知らないだろう。人を殺せるものは一番暖かいものなのだ。期待するから裏切られる。寄りかかるから殺される。
「白石も俺を殺すと?」
「……どうやろなあ。案外殺されるんは、俺の方かも」
そう言って白石が俺の瞳に歯を立てて、カチンと鳴るはずだった義眼のガラス音は響かずタンパク質が奇妙に歪んで俺はもう何もわからなくなった。眼球に触れられたら涙が溢れるだなんて当たり前のことなのに、その場所がまだそんな機能を持っていたことに驚いて悔しくて悲しくて、そこに混じった嬉しさに蓋をしてただ泣いた。