即興小説ログ「マイナーなカップル」
閉め切ったカーテンの向こうでは夜が始まっているようだった。日中のうだるような暑さはまだ継続中で、つけたばかりの冷房はまだ部屋を冷やしきらない。
「ちょっとクロ、待って」
「待たねえ」
「暑いよ」
鞄を置いた瞬間後ろから抱きしめた研磨の体温が熱くて暑さのことはどうでもよくなった。こめかみのあたりにキスを落とすと、機嫌悪そうに頭を振る。それでも腕の中で反転した研磨が俺の襟ぐりを掴むから、引かれるがままに今度は唇へキスを。
「暑いんじゃねえの?」
ほとんど距離のないまま、からかうように言うと眉間にしわが寄る。不機嫌だってなんだって、研磨の感情が動くとそれだけで俺は嬉しい。だから許せ。
どちらともなく背後のベッドへ倒れ込んで、口付けを始めたらもう止まりはしない。舌を絡ませて深く深く、同時に汗で貼り付いた金髪を掬い上げて頬を包むと耳の裏が熱かった。その頬へ、それから首筋へ、降りていくようにキスを繰り返すと研磨の息が荒くなる。部活終わりの汗の匂いに興奮する、なんて言ったら蔑んだ目で見られるのかな。それはそれで燃える。
冷房が部屋を冷やす速度より体温の上がる速度の方が数倍速い。練習着が鬱陶しくて肌に触れたくて、研磨の服の裾に手を伸ばす。たくし上げるように脇腹をなで上げる。
そのときだ。咄嗟に、というタイミングで、研磨が俺の手を掴んだ。
「……あ?」
「あ……」
見上げた研磨は戸惑いの表情を浮かべていた。なんなんだ、と思って手を進めようとする。けれど掴まれた力は変わらなかった。意志がある。
「どうした?」
右下に視線を逃がした研磨は何度か口を開きかけ、閉じた。何か言いたいのに言葉が見つからない、そういうときの仕草だ。
何か煮詰まってやがるな。そう諦めて体を起こした。俺の動きを追う研磨の視線に不安がある。
「怒ってねえよ」
「うん」
それから研磨もゆっくりと体を起こす。ようやく冷えた部屋が確かにあったはずの熱を吸い取っていく。
「で、どうした」
まだ言葉を探しているらしい研磨を辛抱強く待つ。たまにあるんだ、こういうことが。研磨の頭の中は俺よりたくさんのことが詰まっていて、研磨の目は俺よりたくさんの物事を見ている。待たなければ知らない間に手をすり抜けそうで、それが怖くて俺は待つ。
研磨は何度か瞬きを繰り返し、考えて、それから決心したようにこちらを見た。
「今日、可愛い女の子に声掛けられた」
出てきた言葉がこれだ。
「あ?」
可愛い女の子、なんて研磨の口から出るには珍しい言葉だ。瞬間湯沸かし器のように嫉妬心が沸き上がる。けれど俺の変化に敏い研磨は先に口を開いた。
「クロのこと好きだって」
「……は?」
それきり黙り込む。続きはないらしい。
「別に初めてじゃねぇだろ、そんなの」
研磨は何度か俺宛のラブレターを持ち帰ってきたことがある。捨ててよかったのに、と言っても、でもクロのだから、と言って律儀に渡してくる。その度に俺は複雑な気持ちになったものだ。
「クロは、彼女作らないの?」
研磨が言う。嫉妬心とはまた違う、名前のわからない感情が沸く。
「作るわけねえだろ。お前がいる」
「おれはクロの何?」
「恋人だって思ってるけど違うのか?」
「わからなくなった。クロは男で、おれも男なのに、おかしいんじゃないかって」
感情のコントロールは簡単じゃない。ひどく暴力的な衝動を必死で抑え込んでいた。
「嫌になった?」
「嫌、ってわけじゃないけど」
けれどまあ、あれだ。研磨が何に煮詰まっていたのかようやく見えてきて、俺は溜息をつく。
研磨は賢い。だから仕方がないのかもしれない。疑問を感じない少年時代から俺のものにするために画策してきたのだ、いつか気づかれることくらいわかっていた。
カップルといえば男と女、それが世の中のメジャーで、俺たちはマイナーなのかもしれない。あるいは生物の目的が種の保存だったとしたら、俺たちは自然に反しているのかもしれない。でもそれだけのことだ。
「何も気にすることねえよ。俺がお前を好きなだけだ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ。お前が俺を好きじゃないってんなら話は別だけどな」
研磨はまた何度か瞬きをして、それからフッと肩の力を抜いた。それから俺へ手を伸ばす。
「納得したのか?」
「してないけど。おかしくないようにする必要もないかなって」
手を取って再びベッドへ体を倒す。お前のそういう賢さが、いつも救いなんだ。