大人のひみつ
空を飛びたい、と思ったのはいつからだっただろう。
ぼくにとって、空というのは生まれたときから飛ぶことの可能なものだった。だからぼくが4歳のとき、パパに空の飛び方を教えて欲しいと頼んだことも、パパがそれに応じて舞空術を教えてくれたのも、ぼくの中ではごく自然なことだった。
ぼくの周りは空を飛べる人だらけだった。パパ、悟空おじさん、悟飯くん、ピッコロおじさん、ヤムチャさん、クリリンさん…数え上げるとキリがない。一般的に空とは飛べないものだと知ったのはプライマリスクールに入ったときで、入学式の3日ほど前、ぼくはママに「無闇に空を飛んだりしない」という約束をさせられた。その約束はぼくにはとても窮屈なものだったけれど、ママとの約束を破って同級生の前で空を飛んで見せたとき、尊敬の眼差しでぼくを見た子もたくさんいたけれど、何人かはこわがってそれからぼくに近付かなくなったから、それでぼくはあまり人前では飛ばないようになった。
ママに言ったら叱られると思って悟飯くんに相談すると、「それが大人になるってことなんだよ」と教えてくれた。よくわからなかったけれど大人という響きがなんだか嬉しくて、まだプライマリスクールに入る前のひとつ年下の悟天に「ぼくは大人だからみんなの前で空を飛んだりしないんだ」と無意味に胸を張ったりした。
あのころぼくにとって未来はとても明るくて、まるで虹のように色鮮やかなものだった。大人になったら何だってできると思っていた。
ぼくのママ。ちょっと怒りっぽいけど、やさしくてきれいなママ。
ぼくのパパ。ちょっと無愛想だけれど、強くてかっこいいパパ。
ママとパパはとても仲が良くて、いつも一緒にいるけれど、ケンカもとっても多い。
ある日ぼくが学校から帰るとパパはいなくて、ママがリビングで一人、お酒を飲んでいた。ぼくはコップにオレンジジュースを入れてママの向かいに座った。ママの気はとても小さいけれど子供のぼくにはよくわかる。ママの気はなんだか落ち着かなくて、荒れていた。
きっとパパとケンカしたんだな、と思ってパパの気を探ると、西の都のはずれで、いつもと違う、やっぱりなんだか落ち着かない気が見つかった。
ふたりともお互いがとっても大事なくせに、ママのお気に入りのカップをパパが割っちゃったとか、ママの仕事の帰りが遅いとか、そんなしょうもないことですぐにケンカをするんだ。しかもどっちも謝らないから、子供のぼくがいろいろと気を遣わなくちゃいけない。それなのに一晩経つと仲良く部屋から出てきて、まるでぼくになんて気付いてないみたいに二人で楽しそうに喋ってるんだよ。
ママはぼくに「おかえり」と言ったきり何も見ないで時々思い出したみたいにお酒を飲んだ。なんとなくお酒は夜に飲むもの、とぼくは思っていたから、なんでこんな時間にお酒を飲んでるの?と聞くと、「大きくなったらわかるわよ」と言って、ママはグラスの底に残ったお酒を一口で飲んだ。それがなんだかかっこよくて、ぼくも手の中のオレンジジュースを一気に飲み干した。
大丈夫だよ、パパの気がこっちに向かって動き出したからさ、だから早く仲直りしてね。
ぼくも大人になって結婚したら、奥さんとケンカしたりお酒をあおったりするんだろうか。そんなときはぼくは素直に奥さんに「ごめんね」って謝ろうって思った。これって、「はんめんきょうし」って言うんだよね?
プライマリスクールの4年生か5年生になった頃、ぼくは女の子にモテたいと思うようになった。どうやったらモテるんだろうと考えて、女の子はみんなかっこいい男の子が好きなんだって、と悟天が言っていたのを思い出した。あいつ、ぼくより年下のくせに生意気なんだ。それでかっこいい男ってどんなのだろうって考えて、やっぱりパパのことが思い浮かんだんだ。
小さい頃からパパはぼくに笑いかけてくれたこともないし、トレーニングの相手はしてくれても遊び相手にはなってくれなかったけど、ぼくにとってパパは最高のパパだった。強くてクール。でもママにはとっても優しい。ぼくにもたまには優しいんだけどね。
パパのかっこよさはやっぱり強さとクールさにあると思う。他にもいっぱいいいところはあると思うんだけど、やっぱり目立つのはその2つだろう。
じゃあぼくがモテるためには強くてクールになればいいんだ。でもぼくはプライマリスクールの誰よりも強いし、大人にだって負けない。じゃあぼくに足りないのはクールさってことになるよね。だからその日からぼくは必要なこと以外喋らなくなって、女の子と話すときもわざとひどいことを言ってみたりしたんだ。
そしたら3日も経てばぼくに話しかける女の子はいなくなってしまった。おかしいなあと思って家に帰るとママが誰かと電話してて、「トランクスが反抗期になっちゃったみたいなの…」という声が聞こえてきた。違うよ、ママ、そうじゃない。ぼくはパパみたいにクールになりたいんだ。ママだってクールなパパが好きなんでしょう?電話を切ったママにそう言うとばかね、と言われた。「トランクスはトランクスのままでいいの、パパはあれでたまに可愛いところがあるからいいのよ、トランクスはそんなギャップを見せるにはまだまだ子供なんだから」大人って難しいなと思った。
それでぼくは次の日からもとのぼくに戻った。ぼくを怖がって近付かなくなった女の子たちもぼくに笑いかけるようになってくれて、ちょっとだけほっとした。でもやっぱり女の子にモテる方法はわからなかった。
「トランクス、弟か妹ができるわよ」そう言われたのはプライマリスクールの最後の年だった。
ぼくはお兄ちゃんのいる悟天がとてもうらやましかったから、兄弟ができるのはすごく嬉しかった。悟飯くんはすごく優しくて、でもとっても強くて、悟天はぼくと遊んでいても兄ちゃん、兄ちゃんといつも悟飯くんの話ばっかりしていたから。
でも、ぼくは知っていたんだ。子供がどうやってできるかってこと。
田舎に住んでる悟天はまだしも、ぼくはずっと西の都で育ってきたからそんな情報はどこにでもあふれていて、パパとママが一緒に寝ているのは知っていたし、もしかしたら、とも思っていたけれど、実際に子供ができた、って聞いたら嬉しい反面やっぱりそんなことも気になってちょっとだけパパとママに気まずさを感じてしまった。
だから学校でもあまりみんなに言えなかった。去年弟ができた友達がそんなふうにからかわれたりしていたのを思い出した。
ママは何も気にしてないみたいだったけど、パパはちょっと気にしてて、寝る前に部屋に入っていくパパをじっと見ていると「さっさと寝ろ!」と言って大きな音を立ててドアを閉めた。そのときのパパの顔がちょっとだけ赤くて、ぼくは見ちゃいけないものを見たような気がした。
でも何ヶ月かしてブラが生まれたとき、それがあまりにも可愛い女の子だったからやっぱりぼくは学校の友達に自慢してやった。ブラはぼくが守るんだというとママはにっこりわらって頭をなでてくれて、パパは何を勘違いしたのかぼくに学校が終わったら毎日重力室に来るように、と言った。
ぼくが小さい頃と違ってパパはまわりに人がいないのを確認するとブラのベットをのぞき込んで、たまに抱き上げたりした。気配を消してそんな様子をのぞいていたぼくはそれにちょっと嫉妬したけれど、ママにそれを言うととてもうれしそうに笑ったのでまあいっか、と思った。
ぼくは大人になったらパパみたいに強くなって、ママみたいにきれいな奥さんをもらって、ブラみたいに可愛い女の子が欲しいなあと思った。