TO HIGH HEAVEN
おかあさんへ
はじめておてがみをかきます。おげんきですか。リディアはげんきです。
おかあさんがいなくなったあと、リディアはセシルといっしょにぼうけんをしました。セシルは、おかあさんをころしたあのひとです。はじめはとってもこわくて、いっしょにいるのがいやでしたが、セシルはきっと、わるいひとではないとおもいます。いつもリディアをまもってくれて、にこにこしてくれました。ローザも、テラも、ギルバートも、ヤンも、とてもやさしかったです。
ローザは、セシルの「こいびと」だそうです。こいびとってなに?ってセシルにきくと、「とてもだいじなひとだよ」とおしえてくれました。セシルはリディアのこともだいじだといってくれたので、リディアもセシルの「こいびと」なのかなあとおもいました。ローザにあったとき、セシルはとてもうれしそうでしたが、ローザはわるいひとにつれていかれてしまいました。みんなでローザをむかえにいくつもりでしたが、あらしにあって、みんなばらばらになってしまいました。
リディアはふねからおちて、おっきなりゅうにのみこまれてしまいました。みずのなかはとってもくるしくて、りゅうはとってもこわかったのですが、りゅうのおなかのなかはとってもあったかくて、あんしんしました。りゅうは、げんじゅうのおうさまでした。リヴァイアサンというそうです。リヴァイアサンはリディアをげんじゅうのすむせかいにつれてきました。しらないばしょは、にがてでしたが、ここはなんだかとてもおちつきます。でもみんなにあいたくてリディアはないてしまいました。するとおうさまとおうひさまは、「リディアはまだげんじゅうをつかうちからがよわいから、たくさんれんしゅうして、げんじゅうたちとなかよくなって、みんなをたすけにいきましょうね」といいました。リディアはセシルたちのやくにたちたかったので、げんじゅうのみんなとなかよくなって、まほうもたくさんれんしゅうしようとおもいました。
でも、きになるのが、リディアがふねからおちたとき、ヤンがみえたのです。ヤンはおおきなこえでリディアのなまえをよんでくれましたが、ヤンはげんじゅうのせかいにきていません。ほかのみんなもしんぱいです。おうひさまが「みんなぶじですよ」といってくれたのですが、しんぱいです。
おかあさんにあいたいです。でもリディアはまほうをがんばるので、がまんします。またおてがみをかきます。おげんきで。
リディア
荷物の整理をしているとき、その手紙を見つけた。懐かしいな、と当時に思いを馳せながらリディアは拙い字を辿った。
幼い頃の経験の所為か、自分はとても肝の据わった子供だったのだとリディアは思う。船が難破して海竜に飲み込まれ、見知らぬ世界に連れて来られたというのに7歳の自分が書いた手紙はやけに前向きだった。皆に守られるばかりの自分が無力だと幼心に感じていたことを思い出す。強くなりたい、それが彼女の原動力だった。
そういえば、昔はよく母に向けて手紙を書いた。遠い記憶を辿りながらリディアは他の手紙を探した。
お母さんへ
お元気ですか?わたしは元気です。
お母さんにほうこくがあります。わたしは白まほうの練習をやめました。王ひさまに「白まほうと黒まほうはつかう力がちがうから、どちらかにしたほうがいいと思いますよ」と言われたからです。なぜ白まほうをやめたのかというと、ローザが白まどうしだからです。
黒まほうは、いまラまほうの練習をしています。ブリザラとサンダラはもう少しでできそうですが、ファイラがまだまだです。せっかくホブス山でファイアをつかえるようになったのに、大きな火はやっぱりまだこわいです。こんなことでは強くなれないので、がんばって練習します。
げんじゅうたちとは、ずいぶん仲良くなりました。シヴァはとてもきれいで、いつもわたしの相だんにのってくれます。ラムウはとても物知りで、「リディアも本をたくさん読みなさい」と言われます。だからげんじゅう図書かんでたくさん本を読んでいます。
そういえば、シヴァに「こい人」の意味をおしえてもらいました。「こい人」は、好きどうしのことらしいです。でも「こい人」は1人しかだめで、セシルはローザを「こい人」と言っていたので、わたしはセシルの「こい人」じゃなかったんだ、とわかって少しだけ悲しくなりました。
早く強くなって、みんなの力になりたいです。大きくなって、シヴァやローザみたいにきれいになりたいです。わたしは10才になりました。
リディア
封筒に手紙を仕舞いながら、小さくため息をつく。火の記憶はリディアにとって今も特別だ。もうさすがに怖いとは思わないけれど、ファイア系の魔法を使うとき、彼女はいつも故郷を思い出した。ホブス山でのことは今でも鮮明に覚えている。所謂トラウマによって、リディアはずっと火の魔法が使えないでいた。
あのときリディアを説得したのはローザだった。ローザがいなければ今でも自分はその魔法を使えなかったのではないかと思う。セシルがローザを指した「恋人」の意味を知ったとき、胸の内につかえるようだった気持ちの名前は、今も彼女にはわからない。彼女にとってローザは母であり、姉であり、憧れだった。自分がローザに抱いた暗い気持ちを、彼女は意識的に排除した。それは彼女の強さだったかもしれないし、弱さだったかもしれなかった。
お母さんへ
びっくりしたことがあったので、手紙を書きます。お元気ですか。
ここへ来て6年が経ちました。今まで夢中で修行をしてきたのですが、セシル達は今どうしているのでしょう。小さかったのであまり覚えていませんが、世界が危ないと彼らは言っていたので、6年も経ったら世界は変わってしまっているのではないかと思ったのです。今の修行が全てムダになるのではないかと思ったので、王妃様に聞いてみました。
私はここへ来て6年になりますが、人間界ではまだ2ヶ月ほどしか経っていないそうです。時間の流れが違うから、と王妃様は説明して下さりました。この世界では本人が一番そうなってほしいと思う速さで時間が過ぎるそうです。私はきっと、ずっと早く成長したい、強くなりたい、と思っていたので、とても早く成長したのだと思います。セシル達のところへ帰ったら、きっとみんなびっくりすると思います。
修行のほうは、あまり順調とは言えません。ラ魔法は全て覚えたのですが、今練習しているバイオがなかなかうまくいきません。火や氷や雷のようにイメージしやすいものではないからだと王様が言っていました。けれど、バイオを覚えれば火や氷や雷に強い的にもダメージを与えられるようになるそうなので、がんばって覚えます。
あと、ずっとこわかったイフリートと仲良くなれました。ファイラを覚えるまで口も聞いてくれなかったのですが、覚えたときに、やっと認めてくれました。イフリートはとてもアツいです。私が人間界に戻ってやりたいことを話すと、とても応えんしてくれます。
そういえば、お母さんは私の手紙を見てどう思いますか?ラムウに教えてもらいながら、図書館でたくさん本を読んで、字をたくさん覚えました。書ける字よりも読める字のほうがまだ多いですが、新しく覚えた字をたくさん使ってみました。修行も楽しいけれど、勉強も楽しいです。人間界についての本もたくさんあって、戻ったら行ってみたい場所がたくさんあります。とても楽しみです。
お母さんのいるところはどんなところですか?過ごしやすい場所だといいのですが。
リディア
リディアは自身の体を鏡に映した。背も伸びたし、乳房も膨らんだ。セシル達はどんな反応をするだろう、と同時に、自分がリディアだと気付いてくれるだろうか、と心配にもなった。
それでも図書館で読んだ数々の本の中で、自分の髪の色はかなり特殊だということも知ったし、召喚士がどれほど少ないか、あるいは自分が最後の召喚士かもしれない、ということも学んだ。彼女にとってそれらは間違いなくアイデンティティーだった。レーゾン・デートゥルでもあった。
途端に彼女は心配になる。自分は、彼らに受け入れてもらえるのだろうか。自分の力は、本当に必要とされているのだろうか。
過ぎった不安を、首を振って打ち消す。大丈夫だと言い聞かせる。たくさん修行をしたし、世界のことも学んだ。何より自分が彼らの元へ駆けつけたい。それで十分ではないか、と。
手紙は年を追うに連れ減っていった。
お母さんへ
まず報告があります。この間初めて月のものが来ました。朝お手洗いに行ってびっくりしたのですが、王妃様に相談すると「それはリディアが赤ちゃんを産めるようになった印ですよ」と教えてくれました。召喚士は赤ちゃんを産めない人が多い、と聞いていたので、恥ずかしかったけれどとてもうれしかったです。気になったのでどうやったら赤ちゃんができるのかを王妃様に聞いたのですが、「まだリディアには必要がないから、もう少し大人になったら教えてあげますね」と言われました。月のものが来たのにまだ私は大人じゃないということでしょうか。少しくやしかったです。
お母さん、最近私は迷っています。
今までずっとセシル達の役に立ちたくて修行をしてきましたが、このところセシルがミストの村にしたことについて考えてしまいます。もちろんセシルはドラゴンがお母さんの幻獣であることも、箱の中にボムの指輪が入っていることも知らなかったのですが、お母さんを殺して村を焼いた人たちにこの力を貸してしまっていいのだろうか、と考えてしまうのです。
お母さん、私はセシルのことが好きでした。
お母さんはそれを許してくれますか?私はこんな気持ちを持っていた私がすごく怖いです。セシルがいなければ、お母さんは今でも生きていたかもしれない。今でも私はミストの村にいられたかもしれない。ううん、もちろんセシルがいなくても他の人が同じことをしに来たかもしれませんが、でも他の人ならお母さんのドラゴンが負けることもなかったのではないかと思います。セシルはとても強い、だって負けるはずのないお母さんのドラゴンが負けたのだから。
私がセシルを好きになったのは、セシルが私に優しかったからです。でも、私は思うのです。セシルが私に優しかったのは、私のことが大切とかそういうことではなくて、お母さんを殺して村を焼いた、その負い目があるからなのではないかと最近考えるようになったのです。現にセシルにはローザという恋人がいるし、むしろ私は彼にとって邪魔なのではないかとすら思えてきます。こんなことを考える私はとても嫌な子な気がします。
でもずっと、この8年間、私はセシル達の役に立つ事だけを考えて修行に打ち込んできました。その理由を消されてしまったら、私は私でなくなってしまうような気がするのです。だからこんな考え方をするのは私のために良くないと思います。なのに、毎晩眠る前に考えてしまうのです。
お母さん、私はどうすればいいですか?
それから、もうお母さんに手紙を書くのはやめにします。私は最近、「死」というものがどういうことか、ようやく理解しました。この世界では「死」はとても遠いことなので今までちゃんと理解する事ができなかったのです。どれだけ手紙を書いてもお母さんに読んでもらえる事はないんですね。天国がもしあるとして、でも私は天国に行けないから、お母さんに手紙を渡す事はできないんです。
黒魔法も、召喚魔法も、たくさんできるようになりました。でもこの力は誰かを殺してしまうかもしれない。そのことがとても怖いです。さようなら、お母さん。
リディア
これが最後の手紙だった。手紙を胸に当て、目を閉じてリディアはゆっくりと息を吐き出した。
随分長い間悩んでいた。今思い返せば思春期だったのだ、と彼女は思う。悲劇のヒロインになりたかったのかもしれない。確かに15歳の彼女が書いた手紙の内容は正論ではあったけれど、今彼女は同じ気持ちを抱いてはいない。全ては起こるべくして起こったことで、その上に今の彼女の人生はあった。そんな風に考えられるようになったのは最近のことだった。
ふと時計を見遣ると、予定の時間が迫っていた。
思えば王妃アスラはリディアが自身の過去についてきちんと疑問を持ち、それから解決するまで見守っていてくれたのかもしれない。セシル達が危機に陥りそうだから、と人間界へ行くことが決まったが、恐らく彼らの旅路だけの都合ならば彼女はもっと早くに彼らの元へ戻っていただろう。
まだ少し時間がある。そう思い、彼女は便箋を取り出した。
お母さんへ
とても久しぶりに手紙を書きます。あまり時間がないから字が汚いけれど、許して下さい。
私は今から人間界へ戻ります。ようやく彼らの役に立つ時が来ました。まだ黒魔法も召喚も皆伝ではないけれど、これからは彼らのそばで、技を磨いていくつもりです。ドラゴンとも、やっと契約を結ぶことができました。
最後に書いた私の手紙は、とても見苦しいものでしたね。でも、あれも私です。あのようなことを考えた私のことも、私は覚えておこうと思います。たとえお母さんに読んでもらえない手紙であっても、手紙を書いてきてよかったと思います。
お母さん、私はもうお母さんに私の声が届かないとは思っていません。天国からか、ドラゴンを通してなのか、わからないけれど、いつでもお母さんが見守ってくれていることを感じます。どうか見ていて下さい。セシル達を助けて、世界を救います。
リディア
便箋を手早く畳んで封筒に入れ、他の手紙と共に引き出しにしまい込んだ。荷物の確認をして、住み慣れた部屋をもう一度見渡す。ここに戻ってくる日が来るだろうか、彼女は思う。
「振り返ることはちゃんと振り返ったもの。今は前を向かなきゃ。」
誰に言うでもなくそう呟き、扉を開ける。ひとつ深呼吸をしてから、彼女は大切な者達を思い、自然と早足で去っていった。