彼はそのとき教室の窓辺に座っていた。窓辺に座り、酷く薄い本を読んでいた。
僕はひとつしか嘘をつかなかった
僕が覚えている限り、彼はいつでも薄い本ばかりを読んでいた。もともと本を読む気質ではなかったようだったけれど、それでもあまりに暇なときはあまりに薄い文庫本を読み耽った。何故そんなにも薄い本を読むのか、と問うと彼はこちらを見向きもせずに言った。安いからだ。なるほどと僕は思って自分の酷く厚みのある大きな書籍を見つめた。どこか遠い国の名前もよく思い出せない作家が書いた小説だった。僕はあまりその小説が好きではなかった。
本を読むのは嫌いだと彼は言った。
「じゃあ何故本を読むの?」
熱心にページを追う彼にそう尋ね、僕も小説のページをめくった。
「読みたいからだ」
彼の言うことは僕にとっていつも矛盾だらけでわからない。
彼は薄い本を読むことに対してこうも言った。
「分厚い本を読んでいると内容を忘れる。学校でしか読めないからな」
僕はその日家に帰ると真っ先に紅茶を入れて、ソファーで小説の続きを読んだ。だから結局、僕が分厚い本を読み終える方が彼よりも先だった。
彼は同じ本を繰り返し何度も読んだ。表紙カバーはすり切れてボロボロになっていたし、ものによってはそれをつけてすらいなかった。古本屋で買った本だと言っていたから、その本の外見ほどは彼も読み込んではいなかったのだと思う。彼は三冊の本を順番に読んでいたようで、そのうち外国文学は一冊しかなかったから僕はその小説しか知らなかった。ヘミングウェイの『老人と海』と僕の知らない二冊の日本文学を彼はいつも読んでいた。
「君に読書は似合わないね」
なんとなく、と僕は彼の横顔にそう言った。彼は何も言わなかったけれど構わずに続けた。いつものことだった。
「いつも同じ本を読むのは飽きないのかい?今度何か貸そうか」
「遠慮しておく」
半分ほど『老人と海』を読んだところで彼は本を閉じた。鞄にそれを放り込んで立ち上がる。
「まず借りる。そのつぎは物乞いだ」
そういう引用も似合わないよ。僕は笑って言ったけれど振り向いたときには彼は教室を去っていた。『老人と海』なら半分以上は暗記している。彼はもっと覚えているのかもしれないし、あるいはその一文以外何も覚えてはいないのかもしれなかった。
大抵の暇なときなら屋上で紙飛行機を飛ばしていた彼にとって、読書時間というのは実際そんなに長くなかったのかもしれない。本は嫌いだと言ったけれど紙飛行機を飛ばすのは好きだと言っていた。費やす時間の差もたったそれだけの違いだった。もっともその違いが人生を左右するもっともシンプルで大きな違いだったのだけれど。例えば僕が野球は好きだったけれど父に勧められたテニスは好まなかったのと同じように。
中学校にはよく紙飛行機が落ちていた。先生ははじめ彼を叱ったけれど半年を過ぎると何も言わなくなった。落ちた紙飛行機は掃除当番によって焼却場へ持って行かれるだけだった。彼の紙飛行機はそれ以外の何にも使われなかった。ただ彼に飛ばされて掃除当番にちりとりの中へと入れられるだけだ。三年間で何千何万という紙飛行機を彼は飛ばしていただろう。それが実際にどんな数なのかは知らないけれど。
「この紙飛行機が」
例えばさ。校外で喧嘩に巻き込まれ、いたるところに包帯と絆創膏が見えるがもうそんなことには慣れていた。彼の傍らに置かれた紙飛行機を一機拾い上げる。寸分の狂いもなくきっちりと折られていた。
「この紙飛行機が、焼却場でなくてどこか遠い所へ行けばいいのにね」
「そうか?」
よくわからない、と彼は言った。
「そしたら手紙を書くんだよ。手紙を書いて紙飛行機にして飛ばすんだ。きっと誰かが拾って読んでくれる」
「くだらない」
ふん、と彼は鼻で笑う。
「坊ちゃんの言うことはよくわからないな。そんなことをして何になる」
「君が紙飛行機を飛ばすことはそれだけで無意味で非生産的なんだよ。野菜ばかりが入ってドレッシングもマヨネーズもない冷蔵庫のようにね。そこに少しだけ目的をつけてみようかと思って」
その必要はない、彼は最後の紙飛行機を投げて鞄から薄い文庫本を取り出した。『老人と海』ではなく、僕の知らないどちらかの日本文学だった。表紙カバーのない文庫本だった。
「紙飛行機が飛ぶのに目的はいらない」
彼にしてはすこしロマンチックで似合わない言葉だと思った。ちょうど彼がサンチャゴというあの老いた漁夫のセリフを引用したときと同じように。
彼はよく黙り込んでしまう。というよりも口数が少ないと言ったほうがいいのかもしれない。だからしょっちゅう彼と僕との間には深い溝からはい上がってくる空気ような沈黙が漂った。僕が読んだ数少ない日本文学のなかに嘘と沈黙は現代の人間社会にはびこる二つの巨大な罪だと述べられていたけれど、僕はそうは思わない。彼と僕との間に流れる沈黙はいつだって重かったけれど苦しくはなかった。年中真実のみを喋り続けることで失われる真実の価値だってそこにとどまったままだった。
だからこそ僕は、彼との仲が決裂してしまったのは、彼が喋りすぎたからかもしれないと思うのだ。彼は口数が少ないかわりにほとんど嘘をつかなかった。彼に嘘は必要なかった。嘘をつくほどの人間関係を作らなかったからだ。つまり、彼が話すときそれはほとんどが真実でのみ構成され、真実と事実くらいしか彼に語るべきことは残されていなかった。彼の前には空想も幻想も何もなかったのだから。
彼は今でも小説を読むのだろうか。紙飛行機を飛ばすのと同じように、あの酷く薄い三冊の小説を、今でも習慣的に読んでいるのだろうか。もし彼が今でもサンチャゴのセリフを引用するのなら、少しだけロマンチックで彼に似合わない言葉を口にするのなら、僕達の友情にも似た奇妙な関係も取り戻せるのかもしれないと、今でも心の底でそう思うのだ。