「ふーん、それで?」
目の前で話しているのは鹿目君だ。それは紛れもない事実で、現実。あれは何の話をしていた時だったか。とにかく話の内容は大したことじゃなかったんだ。
「薬をくれないか」
僕の前には必ず鹿目君がいる。僕はとてもよく喋る。彼は、疲れているのだ、死ぬ前の人間は饒舌になるのだ、と言う。そして僕は否定する。繰り返し。
「少し寝かせてくれないか。だから少し、薬を…」
そこでいつも目が覚める。
INSOMNIA
毎晩のように同じ夢を見る。繰り返し繰り返し、埃の数一つとってもきっとそこに変化はない。毎晩毎晩見る夢は、あれは確か現実だった。今から半年…いやもう少し。とにかくあれは、確かに現実のことだった。僕が眠れなかった頃の話だ。
鹿目君はよく眠る。それも居眠りなんかは絶対にしない。定時に寝て、定時に起きる。僕には少し機械じみて映った。彼はいつも精密機械だ。
例えば彼の自慢の球が同じ軌道をなぞるように、彼はいつもプログラムされた生活を送っている。全てが同一で寸分の狂いもない。感情ですらそうだ。彼が感情を表に出す時はいつも決まっている。そしてそれはすでに感情ではない。
夢の中で僕と鹿目君は部室にいる。他の部より少し広めの部室でたった2人だ。僕達は机を挟んで座っている。夢の内容はいつも同じ。僕と鹿目君が話している。その内容は思い出せない。けれど毎日同じ話をする。そして僕は薬を欲しがる。
そこでいつも目が覚める。
長い間眠っていなかった。取れない頭痛と訪れない眠り。何て事はない、ただのストレスだ。少し部屋が汚かった。ただ僕の心が弱かっただけの話だ。こんな人間に眠りの精はやってこない。だから僕には砂なんて降らない。
終わらない白夜が三ヶ月続いて、季節がひとつ移り変わった。永遠に感じた期間も、終わってみると酷く短く感じた。いつもそうだ。祭りは常に遠い。探し物は見付けてはいけないのだ。
眠りと共に訪れたのがあの夢だった。眠れるようになった今でも眠った気はしない。これも一種の睡眠障害だと聞いたことがある。
いつものように夢を見た。薬が欲しい。薬が欲しい。誰か僕を眠らせてくれ。
目が覚めると夢の続きだった。否、これは続きではない。夢のように、机を挟んだ向こう側に鹿目君がいる。
「おはようなのだ」
起きあがるとやはり部室だ。2人には広すぎる部室。夢と違わない光景。違う所があるとすれば埃の数くらいか。既視感にも似た奇妙な感覚。夢と現実の境界線が見えない。此処は何処だ。
「鹿目君…?ああ、僕はまだ夢を見てるのかい?」
「何言ってるのだ、まだ寝ぼけてるのか?」
時計を見ると7時を回ったところだった。日誌を書きながら眠ってしまったようだ。
「居眠りなんて珍しいのだ」
此処に鹿目君のいる意味もわからない。後ろに三象君がいない。九ヶ月前のあの日と同じ、僕が迷い込んだのは時間か夢か。
「不眠症は治ったんじゃなかったのか」
「眠れるようにはなったよ…何とかね」
苦笑混じりに答える。白夜は終わった。今度は終わらないサイクルだ。巡り巡るモノに終焉はない。だから僕は眠ることが無いだろう。
「毎晩同じ夢を見るんだ」
やはりこれは夢だと思えた。これが現実だというのなら、毎晩見るあの夢だって現実だ。けれどそれは覚醒しきらない僕の頭が見た幻で、目の前に広がる光景は確かに現実らしかった。
「何のだ?」
「九ヶ月前の夢。毎晩毎晩。君の出てくる夢だよ。今みたいに座って、話してる」
「何を」
「さあ?わからない。いつも思い出せないんだ。ただ僕は薬が欲しいんだ。そこでいつも目が覚める」
鹿目君があまり相手にしてくれていないのがわかる。夢の中と同じだ。夢の中の鹿目君はいつも僕を相手にしない。
「九ヶ月…薬…ああ、そのことなら覚えてるのだ」
「ああやっぱり。あれは事実だった」
「死ぬ前の人間は饒舌になるのだ」
「そう、それ。…よく覚えてるね」
部室で暫く話した後、家に帰ることにした。何故だろう、今日は心地よい夢を見られる。ベットの中のまどろみで、ふいにそんな気がした。そうして僕は眠りに落ちる。
夢を見た。二人には広い部室に鹿目君と僕だけが座っている。僕は…今起きたところだった。夢の中の夢の中で見慣れた夢をみていた。前を見ると鹿目君が居た。
「おはようなのだ」
白夜は終わった。今度は終わらないサイクルだ。