THE PROPHET’S SONG
俺は別に人間が苦手なわけではない。人見知りかと聞かれればYESと答えるかもしれないが人付き合いができないかと聞かれればそうでもない。口数が少ないことは認める。最近まで気付かなかったのだが俺は高校に入ってから一言も口を聞いていない。自己紹介も自分ではしなかったし(その場合自己紹介と言えるのかどうかも微妙だが)自分が何も喋らなくても世界は回っていくんだから、話すことに対してあまり必要性を感じていないのは確かだ。正直面倒だった。
喋らないでいるうちに俺には様々な憶測がついて回ることとなったらしい。恥ずかしがり屋だの内気だのというのは序の口だ。ただあまり人と関わらないというだけで人畜無害だなどというわけのわからない称号を与えられたり、最近では俺が宇宙人だという説まで広まってしまっているという。馬鹿げた世の中だ。
ところで、俺ほどではないだろうが同じ部の中で一人、とても口数の少ない男がいる。名前を犬飼というその男は、それでも数えてみると結構な言葉を発しているのかもしれなかった。けれどなぜか彼には無口な印象を受けやすく、でも俺が見たところでは彼に恥ずかしがり屋などという言葉は到底似合わない。だから多分彼も俺と同じように面倒くさいとかそういう理由であまり話さないのだろう。もちろんこれはただの憶測であって本当はすごく繊細でナイーブな心の持ち主なのかもしれないが。案外雰囲気や癖だけでは中身が知れないモノなのだ、人間というのは。
授業というのはどうして退屈にしか進まないのだろう。もう少し楽しい授業があってもいいと俺は思う。どうせ中身は将来何の役にも立たないものばかりなのだからその時その時くらい楽しませればいいのに、と。
授業をサボるとき、俺はいつも屋上へ足を運ぶ。使い古された思考回路ではあったけれど俺は月並みのことを嫌ってはいないし、かといって特異なことが嫌いだったわけでもない。
多分俺の外見はかなり特異なものと言えるだろう。髪の色は街中でもあまり見かけない青だ。兎丸曰く、空よりも海に近い青らしい。色彩に関して俺はうまい形容方法も何も知らない。俺にとって青はただの青で赤はただの赤なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。あと特異な箇所と言えばサングラスとヘッドフォンだろうか。俺が恥ずかしがり屋だと思われるのは喋らないからだけではなく、この外さないサングラスの所為もあるかもしれない。どっちにしろ俺には関係無いことだと思った。ヘッドホンも同様だ。俺は好きな音楽だけ聴いていればいい。聖人の言葉にも狂人の言葉にも耳は傾けない。特に意味があるワケでもない。
俺が屋上を好んだのは空が近かったとかそういうロマンチックな理由ではなく、単に此処を吹き抜ける風が好きだったからだ。地上にいると障害物が多すぎて中途半端な風しか感じることが出来ない。だから何の隔たりもなく、風の全てが流れ込むこの場所が俺は好きだった。
屋上という場所柄、このサボり場所にはたまに先客がいたりもする。扉が閉ざされているならともかくこの学校の屋上はいつも開放していて、扉を開けて横を向けば誰かがいるなどということは結構あり得ることなのだ。誰がいたとしても自分の座る場所があればそれでいい。冷たい夜が訪れても、世界が今滅びようとしていても、俺は此処に座っているだけだ。溺れていく世界になど興味はない。
「……」
だから横を向いて少し知り合いがいたところで別に驚きはしなかった。偏見だが彼があの退屈な授業に大人しく出ているとも思えない。
「司馬か?」
そこに座っていたのは犬飼だった。寝ていた様子も無く、多分黄昏れていたのだろう。扉を開けた瞬間彼はこちらを向いて少し驚いているようだった。軽く目で挨拶をして(といっても見えなかったかもしれないが)俺は彼より程よく離れた場所に腰を降ろし、MDのボリュームを少しだけ上げて彼を観察してみた。
LISTEN TO THE WARNING THE SEER HE SAID
改めて見てみると彼も大概目立つ格好をしている。陽の透ける銀色の髪と浅黒く焼けた肌。俺は身長が高い方だろうとは思うが彼は更に高い。おまけに男の俺から見ても整った顔。そういえばクラスの女子が騒いでいたような気もする。
暫くすると彼が目線に気付いたらしく、こちらを向いた。不機嫌そうな顔で「何だ」と彼は言う。特に用事があったわけではなかったから俺は首を振った。なるほど、俺はこうやって話さないことを覚えたらしい。
そのまま彼はまた元の方向に顔を向け、再び黄昏れ始めた。沈黙が辺りを支配していたが俺はあまり気にしなかった。少なくとも俺の耳に沈黙の入り込む隙間は無かった。
AND DEARH ALL ROUND WILL BE YOUR DOWRY
「…おい」
沈黙を破ったのは彼だった。あまり大きいとは言えないその声は、大音量でMDを聴いていたため辛うじて聞き取れる程度だった。首をかしげて彼に先を促す。
「何聴いてんだ?」
彼は言った。俺はヘッドフォンを指差してもう一度首をかしげる。「これ?」と伝えようとしてみたつもりだ。どうやらちゃんと伝わったらしく彼は首を縦に振った。
俺が彼に対してどのようなイメージを持っていたのかは今になるとよくわからない。けれど何となく普通な質問に少し拍子抜けしてしまった。教室で音楽を聴いていると大抵一度か二度は問われる質問を、まさか彼にされるとは思っていなかったらしい。
「ただの洋楽」
俺は短く答えた。聞かれたから答えただけだ。なのに聞いた本人は俺の方を見て驚いたような顔をしている。…まあ、予想がついたといえばついた。
「お前…今…」
「喋ったけど。質問されたから答えただけだよ。悪い?」
学校で喋ったことがないということは勿論彼の前でも喋ったことはない。俺が喋ることで彼が驚くことくらいは容易に想像できた。
「悪くはないけど…お前喋れたのか」
「当たり前だよ。俺のこと何だと思ってたワケ?」
「いや別に…」
微妙に失礼だなと思わなくもなかったが、あえてそこは気にとめないことにした。他人の動向にいちいち目くじらを立てるのはとっくに辞めた。そんなことをしていたのではキリがない。どうせ口を開いたのだからと少しMDのボリュームを落として彼と話してみる。
「サボり?」
俺が聞く。
「ああ」
彼が答える。
「駄目じゃん」
「お前もだろ」
「まあね。意外だった?」
「何が」
「俺がサボりに来たこと」
「ああ、かなりな」
「君、偏見持ちすぎだよ」
「しょうがねェだろ。俺お前と喋ったことも無いし」
「人畜無害だし?」
「ああ…つーか自分で言ってんじゃねェよ」
「俺は驚かなかったけど」
「俺がいたことか?」
「うん。普通に授業受けてそうにないし」
「そっちこそ偏見だろ」
「でも偏見じゃなかったよ」
そう言って笑うと彼は向こうを向いてしまった。
「…なんか」
「何?」
そのまま空を見つめて、彼は口を開いた。部活中の鋭い目つきからは想像出来ないほどからっぽな瞳で彼は何を見ていたのだろうか。
「裏切られた気分」
「何それ」
「わかんね」
その後はチャイムが鳴るまで俺たちは一言も言葉を交わすことが無かった。
俺はそれからも何度か授業をサボって屋上へ行ったけれど、それ以来犬飼に会うことは一度も無かった。俺が口を開くこともなかったし、彼も相変わらず無口だった。俺は屋上へ行っては音楽を聴いていた。今、この瞬間にも世界が終わるかもしれないけれど俺はそこに座り続けた。彼は預言者の詩(うた)を知らないから、何も知らずに黄昏れ続けるのだろう。それでも傍目から見れば彼も俺も大して変わりなく映るはずだ。そういう風に世界はできている。人の心を見通すことはできないし、ましてや本当は未来の見える人間なんていやしないのだ。
ただ、それでも。
LAUGH AT THE MADMAN!