そりゃあ晴れの日があれば雨の日もあるわよだってそうじゃなきゃこの星の水分はちゃんと循環しないでしょ雨が降らなきゃ作物だって育たないし私たちみんな飢え死にしちゃうんだよほら恵みの雨なんてよく言うじゃないだから雨が降ったからってそんなに機嫌悪くならないでよ雨が上がったら虹だってできるかもしれないじゃない虹ってほんとに綺麗だと思わない私昔から虹って大好きなのよ雨で気分がジメジメしてたのが吹っ飛んじゃうくらい私ね昔地面に虹ができてるのを見たことがあるのねぇ知ってる虹って地面にもできるのよ理科の先生が教えてくれたの今日だってこの雨が止めば地面に虹ができるかもしれないじゃないだから顔を上げて元気出してねぇ折角久しぶりに会えたんじゃない
RAINED OUT
たぶんこの女は俺が今まで付き合った中で一番おしゃべりだったと思う。付き合った中で、どころか出会った中で、だろう。からみついてくるそいつの腕をふりほどき、雨宿りしていた店の軒先から飛び出してわざとそいつに水がかかるよう水たまりを蹴って走り出してもそいつはまだ喋り続けていた。きっと喋らなければ死んでしまうのだろう。あの女は喋らなければ呼吸ができないのに違いない。
お喋りな女が大嫌いな俺がなんであんな女と付き合ったのかもわからない。惚れたわけじゃない。単に告られてたまたま女がいなかったからオーケーしただけだ。見た目がある程度のレベルなら俺は来る者拒まず的なところがある。言ってみれば慈善事業だ。告白ってのは勇気がいるもんなんでしょ?その勇気無駄にしちゃその子に失礼だと思う訳よ。俺ってほんとにいい男だよな。ナルシストとでも何でも呼びゃあいい、俺はいい男だ。
それにしてもあんなにお喋りな女と2週間も続いた。ありえない。別に会う頻度が少なかったわけでもない。2週間の間に8回会ったから2日に1回以上も会っていたことになる。つきあい始めは毎日会っていた。今日会ったのは5日ぶりのことだった。そしてさらに驚くべきことに俺とあの女は1度もヤっていない。会っている間あの女は喋り続けた。そういえばキスもしていないかもしれない。だって俺はあの女が黙っているところを見たことがない。キスする隙もないほどあの女の口は動き続けていた。別にキスしたかったわけではないが、黙らせてやろうと思ったことは何度もある。俺はお喋りな女が大嫌いなのだから。
お喋りな女の話はこのくらいでやめよう。きっともう一生会わない。会ったとしてもあの女はきっとまた誰かに向かって喋り続けているだろう。俺に気付かないほどに。
「最近雨が多いング」
珍しいと思った。
「そうっすね」
練習を始めた頃から降っていた雨がグラウンド全体を覆い尽くした頃ようやく練習は中断された。折角久々に真面目に部活に顔出したと思ったらこれだ。途中でフケようと思ったのに屑桐サンの監視がひどくて出るに出られなかった。なんでまた雨の日なんかに来ちまったんだと後悔した。いや、俺の予定じゃもっと早くに中断されるはずだったんだ。何もグラウンドがこんなになるまでやらなくてもいいじゃないか。サッカー部だってラグビー部だって屋根の下で筋トレしてんじゃねぇか。大会だって近いってのに選手が風邪ひいてもいいってのか?まぁ雨ごときで風邪ひくような奴がこの学校で生き残ってるとは思えないけどね。
練習の中断が決まって、けど屋根の下へと走る部員も少なくはなかったがもう体中濡れていたし今さら屋根の下に入ったところで何も変わらない。むしろ中途半端に乾く方が気持ち悪ィ。このまんま帰ってさっさとシャワーを浴びたかった。でもどうせこれから筋トレだし。帰れねぇし。せめてロッカー室のシャワーでもいいから浴びさせてくれ畜生。そんなことを思いながら走っていく部員を眺めのんびりと雨の中を歩いた。そしたら珍しく話しかけてきた先輩がいた。
俺は決して先輩ウケがいいほうじゃない。特に二軍以下の奴らには。まぁ俺は敬語こそ使うが俺が認めた奴以外にゃ敬意なんて払わないしもし後輩に俺みたいな奴がいたらまずぶっ飛ばす。つまり俺は生意気なんだ。そんなことは今さらどうこう言われたって仕方がない。俺にだってわかりきってることだ。でも一軍の先輩はちょっと違って、超実力重視の学校だけあって実力でその地位を手に入れた人たちばっかだから早速年齢なんて気にしちゃいないんだと思う。俺はそれなりに可愛がられてるんじゃないかって思うほどに。
録先輩とかけっこう喋る方だと思う。あの人は誰とだっていつだって喋ってるが。同じ学年だからか知らないが久芒先輩とも仲が良い。この2人を見てると季節感がおかしくなってくる。録先輩はいつでも改造したやたら露出度の高いユニフォーム着てるし、久芒先輩はいつでも長すぎる袖のユニフォームと長すぎるマフラーをしてる(っつーか普通に野球すんのに邪魔だろ)。
別に久芒先輩だって全然喋らないわけじゃない。何人かで喋ってるときは普通に話す。ただ2人で話すってことが少ない。2人なることもないし、あっても別に話題もないし。何回か女から逃げる口実に使わせてもらったことはあるけど、それだってたまたま部室に残ってたからだし。
だから珍しいと思った。
「雨降ったら寒くなるから嫌だべ」
確かに一理あるけど、でもこの季節にその厚着はどうかと思いますよ先輩。思ったけど言わなかった。今さら言うようなことでもない気がした。
ずず、と鼻をすする音が聞こえる。先輩を見下ろすと(この先輩は俺よりも背が低い)、かなり濡れていた。多分雨だろうとは思うけど鼻水だって可能性もある。アレルギーだかなんだか知らないけど、この人はいつだって鼻水と闘っている。ボックスのティッシュを持ち歩くのは基本だし、なんだか長すぎる袖はいつもてかてかしている。不必要に長い袖はもしかしたら鼻水を拭くためにあるんじゃないかと思うほどだ。マフラーもそれに然り。いくら寒くてもこの人にマフラーを借りるのだけはごめんだ。ちゃんと洗濯してんのかなこの人。
「雨嫌いっすか?」
「好きな゛奴はあんまりいねぇべ?」
「まぁそうっすけど」
俺も嫌いっすね。あのお喋りな女が別れ際に延々と話していたことを思い出す。俺は雨が嫌いなんだ。そしてお喋りな女が嫌いだ。あのときは人生で三番目くらいに気分が悪かった。なのにやたらと女が話していたことは覚えている。雨の話で虹の話だ。そんなに機嫌悪くならないでよ雨が上がったら虹だってできるかもしれないじゃない。そういやこの雨はあの女と別れてからずっと降り続いてやがる。つってもあの女と別れたのは昨日のことだけどな。
「最近虹って見ました?」
「さあ゛・・・多分見てないング」
「ですよね」
・・・話続かねぇ。
「・・・なあ゛」
「何すか?」
「お前ぇ、今彼女いるング?」
「昨日別れましたよ」
「そう゛か」
「何でですか?」
「悲しくないング?」
「別に、そんなことないっすよ」
好きでも何でもなかったですしねぇ、軽く笑った。
「・・・なあ゛」
「何すか?」
「お前ぇ、本気で人好きになったことあるング?」
え?一瞬言葉に詰まった。
「・・・さぁ、ないんじゃないっすか」
「・・・ぞっか」
ティッシュがないから先輩は苦しそうだった。
「何でそんなこと聞くんすか?」
「別に、ぢょっと気になっただけング」
結局俺は練習が中断になったのをいいことに混沌となった野球部の集団を抜け出した。筋トレなんてめんどくせぇ。久芒先輩は何も言わなかった。てゆうか俺がどこへ行こうと興味がないんだと思う。屋根のある場所へ入ると先輩は一目散にティッシュを探しに行った。
久芒先輩って何か特異な感じがする。そりゃあ袖は長いしマフラーしてるしなんか髪真っ白だし見た目からして変わってるけど、見た目の変わってる人なんて俺の周りにゃいすぎて早速誰が変わってるんだかも最近わからなくなってきた。そうじゃなくて、独自の世界持ってるっつうの?他人がどう生きどう死んでも別に気にしないんだろうなって思う。だからって冷たいわけでもない。世界の外側にいる感じ。学年に1人か2人はそういう奴っているような気もする。何が起こっても、見てるだけ。ってゆうか無関心?俺にはいまいちキャラのつかめない人だ。
そういや久芒先輩って彼女いんのかな。彼女いない歴17年でもおかしくない気もするし、なんか5年くらい付き合ってる子とかもいそうだけど、案外かなり遊び人ってのもありえるな。彼女と別れて悲しくないのかなんて聞いてくるんだからそれはないか。
「ミヤってさぁ、本気で女の子好きになったことある気(?_?)」
いつだったか録先輩にも聞かれた。高校に入って4人目の女と別れたときだ。
「さぁ、ないんじゃないっすか」
恋愛なんてめんどくさい。本気なんかになっちまったらロクなことがない。
俺の恋愛話聞きたい?
次の日も朝から雨が降っていた。小降りでもないけど、土砂降りでもない。なんて微妙。
「憂鬱ング」
「うわ、びっくりした」
何ともなしに窓の外を眺めていたら突然下の方から聞き覚えのある声がした。
「そんなとこで何やってんすか」
俺の足下で久芒先輩が座ってお茶を啜っていた。
「録が告白してフラれたング。雨降ってん゛の゛にこれ以上ジメジメしたモンはごめんだべ」
「録先輩またフラれたんすか」
そりゃうざい。録先輩は普段明るい分ヘコんだらかなり激しい。録先輩って良くも悪くも素直なんだと思う。感受性豊かっつぅか。
「しかしあれっすよね、なんで高校生って惚れただの何だのってそういう話が好きなんですかねぇ?」
「そうい゛う年頃だべ」
「先輩はどうなんすか」
「・・・さあ゛」
何すかそれ、追及しようと思ったけどやめた。なんとなく。
俺の恋愛話が聞きたけりゃ別に教えてやんよ。恋愛話っていうほどの恋愛はあんまりしてねぇけどな。だが俺にだって本気で惚れた女の1人や2人くらいは実際問題いる。いや、1人だけど。
そうだな、今になって思えば別にそんなに好きってわけでもなかったのかもしれねぇ。でもあの頃は本気のつもりだった。ガキだったし。俺はそのとき中1で、ガキで、それでその子は初めての彼女だった。小学生の頃は真面目に野球してたし女ってそんなに興味なかったんだけど。ついでに言うとその子は一応俺の初めての相手だ。
ガキなりに必死だった。必死ってゆうのとはちょっと違うけど。今思えばよくわかんねぇけど、あの頃は。
初めてヤったのは中1の秋だ。確か。お互い初めてだったし、正直難しかった。結局その子が痛がって中途半端に終わった。もちろんイってなんかない。まぁ現実なんてこんなもんだろなんて思いながらしつこく痛がるその子を抱きしめてキスしてなんとか落ち着かせようとした。なんか情けなかったけど今となっちゃいい想い出だ。俺にもそんな頃があったんだ、ってな。
その後もしばらくは付き合ってたんだけど、その子はある日突然消えた。なんかよくわかんねぇけど夜逃げした。前々から家がヤバい、とは言っていた気もするけれど俺は詳しい話なんて聞こうともしていなかった。そんな話をするときは決まって助けてってオーラが全身から滲み出ていたけど俺は当時から面倒ごとは嫌いだったしそんなそいつに気付かないフリをしていた。そう考えるとやっぱそんなに好きじゃなかったのかもしんねぇ。
その子がいなくなった後は意外とさっぱりしていた。いなくなったもんはしょうがねぇしなと思って俺は何事もなかったかのように毎日を過ごした。携帯に連絡してみたことはあるけれど止められていた。結局中途半端に1回ヤっただけで終わっちまった。もう俺はどこかでその子とすれ違っても気が付かないと思う。顔ももうほとんど忘れちまった。終わった女なんてそんなもんだ。
中2の夏頃から俺は夜遊びを覚えてまぁ色んなことを覚えた。こっから先の女の話はあんまり聞かないほうがいいと思う。ってか俺自身覚えてない。最近は落ち着いてきたから、高校入ってからは思い出せるけどな。中学のときはなんかそれがしょうもない優越感を与えてくれていた。よくいる勘違いしたガキだったってわけだ。今も大人にしたら充分そうなのかもしれねぇけど、まぁそんなことはどうだっていい。
俺が話せるのはそこまでだ。
雨が降ってると屋上にも出られない。中庭も無理だ。快適なサボり場所をなくして仕方なく屋上へと続く階段に座って小さい窓から外を眺めた。雨は随分と小降りになっていて、この分だと今日の練習は行われそうだった。多分グラウンドの状態は最悪だろう。今日は部活に出るのはやめようと思った。
「御柳?」
不意に呼ばれて、振り向くと階段の下、踊り場を少し回ったところから久芒先輩が見上げていた。
「サボりっすか」
「まあ゛な」
ちょっと意外だった。
「録先輩はどうっすか?」
「何かよくわがんねぇけんど元気になってたング」
「あら、そうっすか」
新しいメル友でもできたか、まぁ思い当たるのはそんなところだ。良くも悪くも素直な録先輩は良くも悪くも簡単に気分が変わる。そういうのを気分屋というのだろうか。
「雨、止まないっすね」
「んだな」
「いい加減イライラするっすよね」
「んだな」
そんなに機嫌悪くならないでよ雨が上がったら虹だってできるかもしれないじゃない虹ってほんとに綺麗だと思わない私昔から虹って大好きなのよ雨で気分がジメジメしてたのが吹っ飛んじゃうくらい
「この雨止んだら虹できっかな」
なんとなしにそう呟いた。
「虹、好きング?」
「え?」
昨日も虹の話してたべ、先輩は言った。
「さあ、最近見てないしよくわかんねぇっす」
1回でいいから寝ときゃよかった、と思った。寝なかったから後味が悪ぃんだ。1回でいいからヤっときゃあの女も他の女と大して変わらず俺の記憶の奥の方に二度と出てこないくらい仕舞い込まれたに違いない。ただ少し他の女よりもうるさかったってだけで。寝た女はすぐに忘れる。でも寝なかった女はやけに記憶に残る。だから雨の話なんて虹の話なんて思い出すんだ。
「俺、今日部活出ません」
「屑さんにまたどやされるング」
「別に、いつものことっすよ」
6限が終わったら何をしようか。
「遊びにでも行くング?」
「いや、そういうわけじゃないっすよ」
なんだか遊びに行く気分にはなれなかった。かといって家に帰るのもだるい。部活もだるい。雨はこれだから嫌いなんだ。いっそこのまま何もせずここに座り続けてここで死んじまってもいいと思った。なんかやる気起きねぇ。やる気なんてもとからねぇけどな。
5限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「んじゃオラは行ぐべ」
先輩が立ち上がった。6限は出るつもりらしい。
「中途半端に真面目なんすね」
「おめぇこそちっどは授業出んと単位落どすべ」
「大丈夫っすよ」
根拠はなかった。
先輩が降りていって、姿が完全に見えなくなってから俺はゆっくりと階段にもたれかかるように寝ころんだ。段のところがいちいち背中に当たって痛かった。微妙に濡れてて冷たかった。雨はこれだから嫌なんだ。
俺が目を覚ましたのはすっかりと陽も暮れてしまった頃だった。目を開けてもあたりが真っ暗なんで一瞬何が起きているのかわからなくなった。慌てて体を起こせば下の階の廊下にはまだ明かりがついたままだった。そういやここの電気は随分前から切れてんだっけ、そんなことを思って時間を見ようと携帯に手を伸ばした。サイドキーを押すと背面ディスプレイに『新着メールあり』と表示された。久芒先輩からだった。
「・・・わざわざ送ってこなくてもいいのに」
『微妙だけんど虹だべ』
添付された画像は、画質こそ悪かったが遠くの方に七色の線が確かに見えた。地上から立ち、けれど雲に隠れてほんの一部分しか見えなかったが。それは確かに虹だった。
ちなみに録先輩からも(こっちはやたら鮮明な画質で)同じような画像が送られてきていた。そういえばと思って小さな窓から外を眺めるとしっかりと雨は止んでいるようだった。
携帯は20:12と表示していた。
雨が降ったからってそんなに機嫌悪くならないでよ雨が上がったら虹だってできるかもしれないじゃない虹ってほんとに綺麗だと思わない私昔から虹って大好きなのよ雨で気分がジメジメしてたのが吹っ飛んじゃうくらい
これは後日談だが、一度だけあのお喋りな女を街で見かけたことがある。やはりその女は知らない誰かに向かって喋り続けていた。俺に気付く気配なんてまるでなかった。