グラスホッパー

[第2幕 第2場]
 グランドライン内秋島、酒場
 女、カウンターの奥から2番目に座っている。手にはマティーニ。
マスター:旅の方ですか?
女:ええ。
マスター:お一人で?
女:いえ、連れは花街に行っているの。
マスター:いいんですか?
女:何が?
マスター:恋人じゃないんですか?
女:違うわ、仕事上のパートナーなの。
マスター:お仕事は何を?
女:うまく説明できないわ。
マスター:そうですか。…ちょっと失礼。
 マスター、ボックス席の客に呼ばれる。注文を聞き、戻ってくる。
女:この島のログはどのくらいでたまるのかしら。
マスター:10日ほどですね。
女:長いのね。
マスター:そうなんですか?私はこの島を出たことがないもので。
女:もっと長い島もたくさんあるけど、短い島もたくさんあるわ。
マスター:10日くらいじゃ退屈はしないと思いますよ、この島には何でもありますから。
女:そうみたいね。
 女、マティーニを飲み干す。
マスター:何かお作りしましょうか?
女:そうね…コスモポリタンをお願いするわ。
マスター:かしこまりました。(暗転)

[第2幕 第3場]
 同じ島、飲食店街
 男、下手より走って登場。
 ボーイ、追って登場。
ボーイ:待て!
男:げ、まだ追ってくんのかよ!
ボーイ:食い逃げだ!捕まえてくれ!
 通行人、何人か振り返るがそのまま通り過ぎる。
男:うまかった!ごちそうさまって言ったろ!
ボーイ:ごちそうさまで済まされたらこっちは商売にならねえんだよ!
男:ちっ…仕方ねぇな。
 男、立ち止まり手のひらを地面に向ける。
 中央に炎が立ち上る。
ボーイ:何しやがった!?
男:悪いな!今金がねぇんだ!(そのまま走り去る)
ボーイ:待て!あちっ…誰か捕まえてくれ!
 男、上手へと消える。暗転。

[第2幕 第4場]
 再び酒場
マスター:コスモポリタンです。
女:ありがとう。
 扉が開く。男が入ってくる。一番奥の女の隣に座る。
男:待たせたな。
女:誰?
マスター:連れの方ですか?
女:知らないわ。
男:(声をひそめて)ちょっとかくまってくれないかい。
女:追われているの?
男:まあそんなところさ。
女:賞金首なの?
男:それもある。だが今追われてるのは別件でね。
 マスター、困惑した表情で二人を見ている。
女:(気付いて)この人にジョニー・ウォーカーのロックを。
男:(また声をひそめて)俺ウイスキー苦手なんだ。
女:(何事もなかったかのように)ハイネケンを一杯。
マスター:かしこまりました。
女:なら一体何をしたの?
男:なんてことない、ただの食い逃げさ。
女:あら、お酒ならおごらないわよ。
男:(あわてて)マスター、やっぱ俺チェイサーでいいや。
マスター:かしこまりました。
 マスター、倒しかけたサーバーを押しとどめ、新しいグラスを用意する。
男:ここのチャージはいくらだい?
女:800ベリーよ。
男:高くないか!?
 女、無言で一千ベリー札を置く。
男:悪いな。
女:あなたこの島の人じゃないのね。
男:ああ、今日の昼に着いたんだ。
女:ここの物価は安くないわ。
男:そうみたいだな。
マスター:お待たせしました。
 男、チェイサーを受け取り、半分ほど飲む。
女:あなた”火拳のエース”ね?
男:知ってたのか。
女:有名だもの。
男:なぜ知らないふりをした?
女:色々と都合がいいからよ。
男:そういうあんたもただ者じゃないな。
女:どうしてそう思うのかしら。
男:ただの勘だよ。
女:決めつけで物を言うのはよくないわ。
男:あんた賞金かかってるだろ。
女:答えなきゃいけないの?
男:別にいいさ、酒を飲むのに首の値段なんて関係ない。
女:あなたは飲んでいないわ。
男:言葉のあやさ、カッコぐらいつけさしてくれよ。
 女、コスモポリタンを一口飲む。
女:まさか”白ひげ”がこの島に来てるの?
男:まさか、俺一人さ。
女:どうして?
男:色々あったのさ。
女:一人で何をしてるの?
男:人を捜してる。
女:お酒をおごったら詳しく教えてくれるかしら。
男:おごってくれるなら何でも話すが、そんなつまらない話題はやめないかい。
女:じゃあ何を話すの?
 男、残りのチェイサーを飲む。
男:家族の話なんてどうだい?
女:もっとつまらないわ。
男:あんた一人っ子だろ。
女:家族の話はしたくないわ。
男:俺には弟が一人いる。
女:そう。
男:あいつはきっともうすぐこの海へ来るぜ。
女:海賊なの?
男:ああ。
女:なぜあなたたちは戦うの?
男:海賊であることと戦うことは同義なのかい?
女:違うかしら。
男:違うね、少なくとも俺にとっては。
女:だったら何?
男:誇りさ。
女:馬鹿みたいだわ。
男:女はみんなそう言うさ。
 女、煙草を一本取り出し銜える。
 男、指先から炎を出す。
女:”メラメラの実”の能力ね?
男:違いねえ。
 女、男の指先から煙草に火を点ける。
女:いいわ、あなたにお酒をおごってあげる。
男:お、嬉しいねえ。
女:何が好きなの?
男:ビールだな。ギネスがいい。
女:(マスターに向かって)彼にギネスビールを一杯。
マスター:かしこまりました。
男:あんたは何を飲んでるんだ?
女:コスモポリタンよ。
男:ふうん。
女:カクテルは飲まないの?
男:飲まないね、甘いだろ。
女:甘くないカクテルもあるわ。
男:名前を覚えるのが面倒なんだよ。
女:そう。
男:女はカクテルが好きだな。
女:たぶん甘くて名前が覚えにくいからだと思うわ。
男:男と女の違いってやつだな。
女:そうね。
マスター:お待たせしました。
男:サンキュー。(女に向き直って)乾杯しようぜ。
女:何に?
男:あんたの財布に。
 女、黙ってコスモポリタンを飲み干す。
男:待てよ、冗談だよ。
女:普通は男が女にご馳走するものよ。
男:俺はフェミニストじゃねぇんだ。何か頼まないのか?
女:そうね。(マスターに向かって)グラスホッパーお願いできる?
マスター:かしこまりました。
男:何の酒だ?
女:ミントとカカオよ。
男:チョコミントみたいなものか?
女:そうね。
男:好きなのか?
女:たまに飲む程度ね。タブレット代わりにちょうどいいのよ。
男:ミントがか?
女:ミントがよ。
男:ミントのタブレットなら100ベリー程度で売ってるじゃねえか。
女:だからたまにしか飲まないのよ。
マスター:お待たせしました。
女:ありがとう。
男:変わった色だな。
女:ミントリキュールの色よ。乾杯しましょ。
男:何に?
女:あなたの首に。
男:それは良い考えだ。
二人:乾杯。
 二人、グラスを合わせる。
 男、半分を飲み干す。
男:やっぱビールだな。
女:お酒は強いの?
男:どうだろうな、船の中じゃ中の上ってとこさ。
女:”白ひげ”の船?
男:ああ、何せ人が多いからな、水みたいに酒を飲む奴もいれば一口で目を回す奴もいる。
女:あなたは私より強いのかしら。
男:飲み比べでもしてみるかい?あんた強いのか?
女:わからないわ、潰れたことがないから。
男:そりゃ手強いな。
女:あなたが潰れるまでおごってあげてもいいわ。
男:そりゃいいや、俺が潰れたら介抱してくれるかい?
女:いいけど、私はあなたの寝首をかくかもしれないわよ。
男:それは今夜俺と寝てくれるってこと?
女:馬鹿にしないで。
男:怒るなよ、別に下心はないんだ。
女:飲み比べならしないわ、グラスホッパーはいつも最後に飲むの。
男:タブレットだからか?
女:タブレットだからよ。
男:あんたにとって酒って何だ?
女:さあ、一般的に言えば現実逃避ね。
男:つまらないな。
女:私もそう思うわ。
男:俺には逃避するような現実なんてないな。
女:幸せなのね。
男:そうかもしれねえな。
 男、ビールを飲み干す。
女:あくまで一般論の話よ、お酒だって現実の一部だもの。
男:それは悲観論か?
女:楽観論でも悲観論でもないわ、ただの事実よ。
男:あんた堅いな。
女:よく言われるわ。
男:女はもっとロマンティックなもんじゃねぇのか?
女:ロマンは男の専門でしょう?
男:ロマンとロマンティックは違うね。
女:どこがどう違うの?
男:ロマンは本物でロマンティックは偽物さ。
女:あなたはちょっと考えが古いみたいね。
男:男尊女卑ってことかい?
女:簡単に言えばね。
男:でも俺は女におごってもらうぜ。
女:古すぎるのよ、昔は女の方が強かったもの。
男:別に男女差別はしないさ、女でもロマンを追ってる奴はいるし男にもロマンティックな奴はいる。
女:私はどっちかしら。
男:さあね、あんたが決めることさ。
 女、煙草をもみ消す。
女:(マスターに向かって)ギネスもう一杯いただけるかしら。
マスター:かしこまりました。
男:悪ぃな。
女:いいのよ、私のがまだ半分以上残っているから。
男:俺が潰れるまでそうやってのんびり飲むかい?
女:遠慮しておくわ、世界を動かす気はないもの。
男:そりゃ懸命な判断だ。
女:あなた、賞金稼ぎには狙われる?
男:考えの無い奴らにはね。中途半端な奴らは狙わない。狙ってくるのは能無しか革命家だけさ。
女:幸せね。
男:あんたはどんな奴に狙われる?
女:私に賞金がかかっていると言った覚えはないわ。
男:そうだったな、じゃあ男ならどうだ?
女:どんな男が私を狙うかという話?
男:そうだ。
女:男は女を狙うときに世界なんて考えないわ。
男:そりゃそうだ。でもあんたには賞金はかかってないんだろ?
女:かかっていないと言った覚えもないわ。
マスター:お待たせしました。
 男、ビールを受け取り、女に向かって軽く乾杯のポーズをする。
男:あんた難しい女だな。
女:よく言われるわ。
男:なあ、俺はこのビールを飲み終わったら行くよ。
女:お好きなように。(暗転)

[第2幕 第7場]
 再び酒場。
 女、グラスホッパーを飲み終えている。
男:お口直しは済んだのか?
女:お陰様で。
男:ところでこの島のログはどのくらいでたまる?
女:10日だそうよ。
男:参った、あと9日もある。
女:私はあと8日よ。
男:グランドラインは何年だ?
女:4年半ってところかしら。
男:俺はまだ2年さ、未だにログってやつが疎ましい。
女:それはあなたに目的があるからよ。
男:あんたには無いのか?
女:あるけど、ログとはあまり関係がないわ。少なくとも今はね。
男:最長で3年かかる島に行ったことがある。
女:私は7年ね。
男:なあ、俺たちは常にどこかのエターナル・ポースを持ち歩くべきだ。
女:もちろん持っているわ。
男:あんたには帰る島があるのか?
女:一応あるわ、一時的なものだけれど。
男:グランドライン出身じゃないんだな。
女:グランドライン出身の人たちはあまり航海をしないわ。
男:そんなこともないだろ、俺の船には何人もいるぜ。
女:それは特殊なことよ。
男:あんたどこの出身だ?
女:ウエスト・ブルー。
男:俺はイースト・ブルーだ。
女:合わないわね。
男:もっともだ。
女:あなたはエターナル・ポースを持ってる?
男:いくつかはね、だが好きじゃない。
女:どうして?
男:帰りたい場所を指さないからさ。エターナル・ポースは船を指さない。
女:ビブル・カードを持てばいいわ。
男:持ってるさ、でも今帰るわけにはいかないからな。
 男、ビールを飲み干す。
男:そろそろ行くよ。
女:宿はあるの?
男:野宿でもするさ。それとも泊めてくれるのかい?
女:わからない人ね。
男:わかっちまうと面白くなくなることがこの世にはゴマンとあるのさ。
 男、立ち上がる。
男:じゃあな、ニコ・ロビン。
女:知ってたのね。
男:有名だからな。
女:どうして知らないふりをしたの?
男:色々と都合がいいからさ。
女:悪い人ね。
男:ごちそうさま。
 男、店を去る。暗転。

2008.11.22