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 丸井に言わせれば、季節限定商品を出さない製菓会社と、単調な返球しかしないテニスプレイヤーは悪、ということだった。
 言いたいことはよくわかる。退屈を敵だと考えているのは仁王も同じだ。退屈するくらいなら死んだ方がマシだった。より面白いものを、刺激を、そうやって生きるうちに意気投合したのが丸井だった。
 「なんか面白いことねえかな」
 もはや口癖のような独り言を受けて、仁王はちらりと丸井を見た。
 テニスがあるうちはよかった、と思う。それなりに健全な方法で持て余したエネルギーを発散することができたし、無駄なことをあれやこれやと考える前に大抵は良質な眠りがやってきたからだ。
 「面白いことて、例えば?」
 引退の開放感なんてものの数日で消え去った。親や教師は「受験生なんだから勉強しなさい」と口を揃えて言うけれど、内部進学を選んだ彼らにはまるで見当違いなアドバイスだ。
 「なんだろな。散歩してたら死体見つけちまって、そいつを持って逃げるとか」
 「なんそれ。映画?」
 「いや、漫画」
 「ふうん」
 良くも悪くも影響されやすい丸井は何か新しいものに触れてはその話ばかりを一方的に垂れ流し、だいたい三日もすれば飽きる。映画も漫画も小説も音楽も全部そうだ。仁王は退屈が嫌いだけれど飽き性ではない。元々あまり流行は追わない質だし、丸井のインスタントな趣味ともあまり迎合することがなかった。その傾向は音楽に関してより顕著に表れた。だから彼らは音楽の話をしない。大抵が、漫画か、一定ジャンルの映画か、そんなところだ。
 「巨人でも喰種でもなんでもいいから出てこねえかな」
 「ブンちゃん絶対喰う側じゃろ、それ。しかも大喰い」
 「えー、案外美食家だと思うんだけど、俺」
 丸井にはどうやら、退屈も空腹と勘違いしている節がある。元々部活で思い切り体を動かしてやっと消化できる量を食べていたのに、引退してむしろ食事量は増えたように見える。現に今も床に寝転んで漫画を読みながら、ひっきりなしにバリバリとスナック菓子を頬張っている。昼下がりの主婦のごとき怠惰だ。
 「のうブンちゃん、それ以上太ったら上に乗せれんのじゃけど」
 あ? と、漫画に目を向けたままの丸井から、あまりガラの良くない反応が飛んでくる。
 「てめぇの非力を俺の体重の所為にすんなよ」
 横暴だ。そう思って、丸井の腰あたり、横腹へと頭を預けるように凭れかかった。頬の下に柔らかな脂肪が当たって、ふかふかじゃ、と言うと、身をよじった丸井に頭をしばかれた。
 「痛いぜよ」
 「なあ、なんか面白いこと、ねえの」
 仁王の抗議なんてまったくなかったことにして、つまらなさそうに漫画のページをめくり、丸井が再び言う。
 「その漫画つまらん?」
 「うん」
 「ゲームでもする?」
 「新しいの買ったのか?」
 「いや別に」
 「じゃあ言うなよ」
 「セックスは?」
 「気分じゃねえな」
 仁王だってそんな気分だったわけじゃない。
 帰り道に丸井の買った週刊漫画雑誌はつい最近まで看板連載がクライマックスでそれなりに楽しめたのだけれど、先週遂に最終回を迎えてしまった。残った作品はどれもパッとしないものばかりだ。
 ゲームにしたって、仁王はそれなりの数を持っていたけれど、丸井は最初の十分で面白いかどうかを判断してしまうので、大抵の場合あまり役に立たなかった。
 何か刺激はないかと模索した上で始めたセックスにもそろそろ飽きていた。二人ともだ。だからといってアブノーマルなプレイに手を出すのはどうにも気が進まなかった。
 残っているのはなんだろう。丸井の腰の上、天井を眺め、指折り数えてみる。健全な暇つぶしってたぶんそんなに多くない。だからといって、今のところ犯罪者になる気もないし。
 「テニスは」
 諦めたように仁王は言う。なんだか能なしみたいだと思う。二年以上それしかやってなかったのだから仕方がない。
 「テニス、なあ」
 仁王の憂いをよそに、少しは響いたのかもしれない。間延びした声でそう言って、まだページを多分に残した漫画を閉じて、丸井はひとつ伸びをした。
 「最後に仁王と試合したの、いつだっけ?」
 「さあ。ダブルスはようやっとったけど」
 「あー、シングルスなんて、一年以上やってねえかもな」
 「久々にやる? シングルス」
 重い、と丸井が身じろぎをして、仁王の頭が床へと落ちた。したたかに打ったこめかみが鈍い音を立てる。それなりに痛い。
 「やだ。お前のテニスめんどくせえもん」
 「勝手ばっかぬかしよる」
 痛いじゃろ、と飛びついて、丸井を擽りにかかる。指先に感じる弾力に苦笑しながら。やめろ馬鹿うぜえ、そんな罵声を口にして、丸井は笑った。そんな戯れは一分と時間を潰させてくれないけれど、一人ではできないことだから、二人でいる意味は少しくらいあるのかもしれない。
 じゃれ合っているうち、半分馬乗りになった体勢でばちりと視線が合った。丸井の笑い声が止まり、時間が少しだけ止まる。
 このまま脱がせようか。でもやっぱり今日はそんな気分じゃないし。そう思考を巡らせた数秒を、丸井も似たように過ごしたのだろう、ふいと目線は逸らされた。そういう波長は割とよく合う方だと思う。力を抜いて仁王は床へ転がった。左腕だけがフローリングに投げ出されてひんやりした。
 丸井もごろりと仰向けになる。並ぶわけでもなく、方々に体を放り出して、また降ってくる退屈、退屈、退屈。
 「なー仁王」ぼんやりと天井を眺める丸井の口から、ぷくりとフーセンガムが膨らんだ。「人って退屈で死ぬのかな」
 「さあ、のう」
 退屈は死だ、と仁王は思う。退屈が人を殺すのでなく、退屈だと思ったときには、きっとほとんど死んでいる。
 「腹減るのは食えばいいからまだマシだよな」
 溜息を吐いた丸井が、新しい菓子袋に手だけを伸ばした。気付けば頬張っていたスナック菓子の袋はすっかりと空になっていた。満腹中枢が壊れとったら食っても意味ないじゃろ。うるせえよ。そんな遣り取りに、退屈にも満腹中枢ってあるのかな、とぼんやり思う。
 「髪の色交換してみるっての、どう」
 「俺が赤髪でブンちゃんが銀髪?」
 「そう。真田とかすげえ剣幕で追いかけてきそうじゃん」
 「苦労して地毛じゃって信じさしたのにな」
 小さな笑い声に混じって、先程まで響いていたものとは微妙に違う咀嚼音が耳に届いた。手を変え品を変え、飢えを満たす手段というのはいつまで自分を騙してくれるんだろう。まだまだ続く人生の時間に目眩がしそうだ。それでもまあ、今は同じ退屈を共有して同じ不満をできる相手がいるだけ、マシかと思い込む。仁王がそんな理由で丸井といるように、たぶん丸井の理由も似たようなものだ。だから今日のところはこれでいいかと、仁王は大きな欠伸をした。

2015.4.21